写真にしかできない
写真と絵画は違うと考えている。
先日、読んだ本の中にリアリズムを画家さんの言葉を見つけた。「僕の絵は描写が細かいので、よく「写真みたい」と言われますけど、それは褒め言葉ではないし、むしろ逆です。ものの表面を視線で這うように照合させながら描く行為と、単に写真を複写して描くことは全く仕事の性質が違います」(「絵にしかできない」諏訪淳+大竹昭子)この言葉の中には、写真を見ながら同じように描く画家と自分は違う、というようなリアリズム画家の矜持を感じるが、「写真みたい」という言葉が褒め言葉ではない、と明言している辺りに共感した。
写真でも「絵みたい」という(その発する人にとって)褒め言葉だと思われることを言う人がいるが、私的には「写真だけどな」と思う。つまり、絵みたいと言われても嬉しくないのである。
写真の面白さは表層的な写りだけはなく、むしろ、何が写っているか?から始まる、「撮影者が何をどのように見たか」、そして「その見たものをどのように写真として表現しているか」の方だと考えている。そこで、撮影者は「写真にしかできない」表現をすることで、その作品は「写真として」の存在に価値があるように思う。
写真にしかできないことは、あるに決まっている。
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